NEXT5 ”Shangri-La”が完成したと、「白瀑」の山本氏から報告がありました。
香りが華やかで、滑らかな味わいのお酒に仕上がったということです。
これからは、発売に向けて、瓶詰めと出荷の準備が行われることになります。
私たち他のメンバーも、出来上がりが大変楽しみです。
発売は12/24! 「白瀑」の取扱店でご予約&御購入ください!
さて、当蔵の進捗と言えば—-そろそろ木桶仕込みのお酒が始まります!
今年こそ爆発しない瓶内二次発酵のスパークリング低アル生酒とか、
取り組みは、ほかにも目白押しなのですが、
特に気合いを入れて頑張ろうと思っているのは、古式生モトです!
しかも……酵母無添加!
まあ、ぶっちゃけ……酵母無添加といっても、酵母なんて空気中に大量に舞い上がっているので、
近くに培養したきょうかい6号での酒母がにある以上、
その酵母がある程度入っちゃうことは避けられないのですが。
しかし「古式生モト酵母無添加」は、技術訓練としては最高難度クラス。
やって見る価値は大であります。
そういえば、うちは、同じ「生モト系酒母」ではありますが、
「山廃」スタイルがメインだったので、今まで一度も本格的な、「古式生モト」
はやっておりませんでした。
さて、「生モト」につきまして、です。
この「生モト」は江戸時代中頃に、灘で完成を見た酒母の手法です。
なお、当時は酒造りは秋口から夏前まで行われていまして、
あたたかいころは「菩提モト」、やや寒くなると「水モト」(これは煮モトとも呼ばれていて菩提モトとは違うらしいです)、そして、かなり寒くなる頃に「生モト」が行われていたようです。
(打瀬という工程でかなり温度を下げる必要があるので冬にしかできないのです)
江戸時代も中頃を過ぎると、幕府が米相場を安定させるために酒造りを冬季間だけに限定しはじめます。(ここは話が長くなるのでまた別の機会にしますが)、こうした政治的な思惑もあって、現在の「寒造り」が基本の製造期間となり、これにより「生モト」の技術が特に発展したということです。
さて、生モトでは、仕込みの始めに、丁寧に米をすり潰す工程=「山卸」を行います。
そして一方、明治時代に、国税庁の技術者が提唱してメジャーになった「山廃酒母」は、
基本的な作法は同じものの、この「山卸」部分をなくしてしまったものです。
このため正式名は「山卸廃止モト」といいます。
*「廃止」といっても、荒っぽく混ぜるくらいのことはするので、完全に省いたわけではないん
ですが—–
*「山卸廃止モト」を「山廃」と略して命名したのは、花岡正庸(はなおかまさつね)という、秋田を銘醸地にしたて上げた高名な技術者です。自身の雑記にてそう宣言されておられる箇所がありましてびっくりしました。花岡先生は、我らが秋田の恩人とも言える人物で、
酒造組合の入り口に銅像がありまして、組合に行くたびに私なんかは手を合わせております。
さて、この生モトに見られる「山卸」という工程。
私は未熟で、その意味がよくわかっておりませんでした。
数年前このブログで、『江戸時代はまだしも、明治以降になると精米技術が進んで、
米がよく削れて柔らかくなり、そこまで一生懸命潰す必要がなくなったので簡略化された』という趣旨のことを書いたと思います。まあ、一般に流布している定説です。
まあそういう通説を信じて、私ははじめから、磨いた米を使うかわりに、
煩雑な「山卸」という作業がいらないという「山廃」から始めてしまったのでした。
(まあ、しょっぱなにレクチャーを頼んだ先生が「山廃」派だったのもありますが……)
しかし、当蔵では、はじめ、なかなかうまく山廃がいきませんでした。
相当、やらかしました。野生酵母が増えて、もろみの香りがおかしくなる。
ついには乳酸菌までもろみで増え出して酸度が4とか5の酒になってしまう。
ざらにありました。
なぜかというと、山廃酒母が完璧に決まらないのです。
山廃の初期を安全に進めるために「必須」とされている化学反応である
「亜硝酸反応」というものが起こりにくかったからです。
「亜硝酸反応」——
これは、硝酸還元菌(シュードモナス)というバクテリアが、
水中の硝酸という成分を還元して起こす化学反応なんです。
しかし、仕込み水がきれいで硝酸が少ない場合や、
硝酸還元菌(水垢の元になる菌)がいない場合など、この反応が起きません。
そして、この「亜硝酸反応」がないと、野生酵母や程度の低い乳酸菌の類をきちんと
淘汰することができません。先述のように、柄の悪い野生酵母が来て、野暮ったい味の酒に
なったり、最悪は乳酸菌が来て多酸もろみになったり、あげく酢酸菌まで来て
酢のようになってしまうことも珍しくないのです。
かつて、日本酒造りが常に腐造(酒にならず酢のようになる)の危機にさらされており、
造ることそのものが大変だった時代——
政府の技術者はなんとか、腐造を防ごうと研究に研究を重ね、
最終的に、酒母のはじめで「亜硝酸反応」が起こると、野生酵母が淘汰され、そのかわりに
強靭な清酒酵母で満たされた酒母ができ、ひいては安全に酒造りができるということを見いだしたのでした。
なお、水に硝酸の成分がなければ、その硝酸を仕込み水に入れると、亜硝酸反応が起こりやすくなると提唱したのが、前述の「秋田の恩人」である、花岡正庸 大先生。
彼はこれで、始めの赴任地の四国から、腐造をほぼ一掃することに成功しました。
その功績を認められて、花岡先生は、後に秋田へ、初代醸造試験場場長として赴任することになります。
この花岡先生をいたく尊敬いたしております私も、最後には、
こうした常法に従って、山廃酒母には、
硝酸塩というミネラル成分を入れ、これにより容易に亜硝酸反応を出して、酒母の衛生を高め、
なんとか「山廃」を継続しておりました。
今は仕込み水はどこもキレイでしょうから、生モトや山廃をやる時は、
教科書通りに硝酸塩を添加しているところが一般的でしょう。
私も、このあたりの顛末は、昔のブログでも書いていますね。
しかし途中から、なんだか自分のやっていることが不安になってきました。
「そもそも山廃と言うのはナチュラルな造りである点が気にいってるので始めたはずだ……
速醸酒母のように醸造用乳酸を入れなくてすむから、わざわざこんな手間のかかることをやっている……なのに、結局、硝酸塩というミネラルを添加している……つうか硝酸塩ってダメな有機野菜にいっぱい入ってるヤツだよね。ネットで調べるとあんまりいいこと書いてないぞ……あんまり入れたくないな……」
などという自己矛盾に悩まされるようになり、完全に行き詰まってしまいました。
それから、亜硝酸反応を必要としないで、雑菌を淘汰することができないか??
と考えに考え抜いて、酒母屋として悩み続け3年以上—–。
おかげで昨季より、当蔵の山廃は、亜硝酸反応がなくても全然オッケー!
なスタイルになりました。
脱線しますが、製法を改めて書きます。
やり方は簡単至極。
なぜ誰もやっていなかったのかというほどの代物です。
亜硝酸反応に頼らず、熱を使います。
このスタイルでは、亜硝酸反応の有無はどうでもよいのです。
普通に山廃をスタート。あらかじめ培養しておいた酒造専用の乳酸菌(ラクトバチルス)を用いて
立ち上がりを早くしても良いし、常法通りに低温からスタートして天然乳酸菌を立ち上げても
どちらでもかまいません。
どのみち乳酸菌が立ち上がり、バンバン増えて酸を造り始めるのを待ちます。
そしてある程度、酸が出たら(酸度にして「3」以上「4」くらい)——
おもむろに、この酒母を、熱湯につけて湯煎します。
けっこう重いので、小分けにして、みんなで手分けして、お湯の中に漬けてしまいましょう。
そして、65度くらいになるまで熱します。それから急冷。
30度以下になったら、ここで酵母を投入……。
こうして健全な酒母が造れるわけです。
これなら、硝酸塩などというものを加える必要もありません。
必要なのは、単に熱だけ。
亜硝酸反応という化学反応を使わず、ダイレクトに熱の力で、
野生酵母、また乳酸菌をも淘汰するというコンセプトです。
これでどこのお蔵さんでも、亜硝酸反応なしで山廃ができます。しかも安全に。
(まあ、力仕事はいりますが—-)
そもそも生モト系酒母でも、野生酵母や乳酸菌を完全に淘汰するために、
いろいろと保険をかけています。
例えば、育成の最終段階で「温み取り(ぬくみとり)」という熱ショックを与える工程が
あります。結局は、熱の力を借りて、雑菌を殺すわけですね。
私の場合は、この最後の「温み取り」的なコンセプトを、中盤にもってきたといえます。
(*これは確かに一般的な「山廃」から、あれやこれやと発想したものをくっつけた発展形なんですが、しかし、もはや既存の「山廃」ともずいぶん違うので、なんと呼んだらいいのか悩んでいます—)
なにはともあれ、こうして当蔵なりの、硝酸塩を必要としない、細菌学的にも安全で、衛生的な、「山廃」?酒母が完成し、昨年23Byは一本くらいしか失敗もろみを出さず、「速醸酒母」は、めでたく完全卒業したわけなのですが—–
なんと、昨年、酒の勉強会で驚くべきことがわかりました。
これは広島「竹鶴」の石川杜氏の講義で聴かせていただきました
お話なのですが、「亜硝酸反応」がなくても、
やり方次第で、生モト系酒母は、「安全」に造れることがわかったのです。
なお、「山廃」ではダメなんだそうです。
「生モト」でなくてはいけないそうなのです。
つまり「山卸」がキーワードです。
私が、その役割をよく知らずに軽視していた「山卸」。
きちんと「山卸」をすれば、亜硝酸反応がなくても、雑菌……野生酵母の繁殖を
抑えることができる。
つまり「山卸」自体に、野生酵母を抑える力があるということなのです。
逆に「山卸」をしない「山廃」は菌学的に、衛生度で劣る。
野生酵母に汚染される確立が高い。だから亜硝酸反応がないと、うまくいかない。安定的で
ない。成否は水や蔵環境に左右され、かつ技術的にも名人芸を要求される。
しかし「生モト」はもっと普遍的な技術であって、野生酵母を抑える力が
あるために、「亜硝酸反応」が不要で、手順さえしっかり踏めば、
誰にでも(比較的)安全に酒母ができる。
ということのようです。
実際、竹鶴の「生モト」では、亜硝酸反応はゼロとのこと。それでもまったく問題なく、
一回の失敗すらなく、長年、健全な酒母ができあがっているとのこと。
細かいメカニズムはまた後ほどしますが、
生モトの「山卸」工程には、確かに、たいへん興味深い機能が潜んでおるようです。
亜硝酸反応がなくても、できるというなら、ぜひとも当蔵もやりたいものです。
またそれ以上に、私は、石川杜氏のお話に心が打たれました。
氏の話の核心は「生モトとは、江戸時代の灘の杜氏集団が築き上げた、日本の誇る
希有な集合知、部族的な知恵である」ということです。
このようなロマンティックな手法をやらないわけにはいきません。
ということで、今年は、古式生モト。どうせやるなら、酵母無添加までやってみたいものだと
考えております。
ではでは続く—-
*まだフランスのレポートしてませんね—-すみません。それもいつか—-。